Strange Tortoiseの妄想博物館

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稲毛の近代建築散歩─旧神谷伝兵衛稲毛別荘編─

海岸線の名残りと別荘地
現在の国道14号のあたりがかつての海岸線で、現在の浅間神社のあたりの海岸段丘の松林の景観は「関東の須磨」と呼ばれ、たくさんの観光客が訪れた。
1910(明治43)年のガイドブック『避暑案内』には「磯馴松幾百本と生茂り播州の舞子の浜の趣がある」と紹介されている。

国立国会図書館デジタルコレクションより『避暑案内』該当ページ

確かに、かつてのようにここが海岸だったら…。たしかに神戸の須磨・舞子あたりの海岸線に似ているだろうということは想像に難くない。
須磨・舞子の景観に魅せられたわたしが、この地の近くに居を構えたのも、偶然ではないのかもしれない。

そんな風光明媚な土地柄、多くの文人墨客が避暑に訪れ、作品にも反映されたという。

ここに別荘を構えたのが、神谷伝兵衛である。
日本のワイン王といわれた明治の実業家で、デンキブランでおなじみの浅草「神谷バー」、茨城県牛久のワイン醸造場「シャトーカミヤ」創始者として知られている。

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1918(大正7)年に建てられた稲毛別荘は、初期の鉄筋コンクリート造として現存する希少な建物。
現在、隣接の市民ギャラリーのところに和風の母屋があったそうだが、現在は洋館のみが残されている。
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まず、庭に面した5連のアーチが続くベランダが眼に入る。
当時はここから優雅にワイングラス片手に海を眺めていたのだろう。
しかし、伝兵衛はこの別荘が建ってからわずか4年後に亡くなっているので、存分に味わうことはできなかったのかもしれない…。

玄関ホールに入る。
照明が下がる天井装飾には、葡萄のレリーフが施され、2階へと続く階段は優美な曲線を描いている。
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階段はケヤキの一枚板

右手は洋間。床は寄木による幾何学模様。暖炉のタイルも素敵で、モダンなイメージ。

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寄木による床の幾何学模様、モダンな暖炉のタイル


2階に上がると雰囲気は一変。外観からは想像できない本格的な書院造の和室と、暖かい陽光がふりそそぐ広縁。
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天井のカッコよさに目を奪われたが、これは囲炉裏に燻された煤竹に縁取られた折り上げ格天井だそうだ。
また、床柱にも葡萄の古木が使われていたり、欄間にも葡萄の透かし彫りがあり、いかにもワイン王らしいこだわりが随所に見られる。
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燻された煤竹による格天井
 
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葡萄の古木を利用した床柱
 
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葡萄の透かし彫りを施した欄間
 
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一枚板をくりぬいた木瓜


こんなに随所にこだわりがあり、贅を尽くしたような建築だが、設計者は不明とのこと。

しかし、館内で気になる資料を目にした。
外壁のレンガの継ぎ目の目地の仕上げが「覆輪目地(ふくりんめじ)」という、東京駅の赤レンガに使われた技法と似ているというのだ。
鹿島建設株式会社のWEBサイトより)

ほんの小さな共通点だが、東京駅を手掛けた辰野金吾、あるいはその師であるジョサイア・コンドルに影響を受けた人の手によるのかも…と想像をめぐらしてみては…とある。

ほぼ同時期の建築なので、想像の域とはいえ、そんなところもこの建築を見る楽しみのひとつになるだろう。


旧神谷伝兵衛稲毛別荘(国有形文化財
千葉市稲毛区稲毛1-8-35
開館時間 9:00~17:15
月曜休館(祝日の場合は翌日)
入館無料